好きなものの一つに映画がある。洋の東西、ジャンルを問わず何でも見るが,情念がメラメラしている様なのは無意識の内に避けている。
「映画の中の細かいディティール迄よく覚えている」友達は私の事をそう言う。私は私で,どうして覚えていないのかと友達の事をそう思っている。
そんな私が忘れられない映画のひとコマ。
フランス映画「地下鉄のザジ」。
主人公の女の子ザジがレストランの屋外で(多分)ムール貝を注文し,そして運ばれて来たその料理を見て本当に驚いた。大きなボールに山の様に盛られたムール貝。蒸してあるのか、湯がいてあるのか・・・その味は想像するしかないが、ザジはそれをパクパクと平らげてゆく。ムール貝を見る度,そのシーンは私の頭の中に浮かんだ。
最近、図書館で何気なくある週刊誌をめくっていると,最後のページの「シネマ食堂」という連載が目についた。色々な映画の中の料理を人気料理家が再現しているシリーズのようだった。そこにこの「地下鉄のザジ」のムール貝が載っていた。これを再現した料理家がどのような人が詳しくは知らないが、写真の中のムール貝はザジが大きな口を開け,ぱくついていたものとは似ても似つかない上品な,小降りなものだった。失望した。「もっと映画を良く見て欲しい。ザジが食べていたのはこんなんじゃありませんよ」。
おかっぱ頭の赤いセーターを着たザジがムール貝を食べるシーンは、この映画をより活き活きとした。
映画の中の料理の再現だけにとどまらず、そのシーン迄も彷彿とさせるようなを料理を載せるべきだと、広い、静かな,人気のない田舎の図書館の中で、私は1人でメラメラと炎を出していた。